教育工学とは (松田稔樹)

「99%の努力1%のひらめき」

  「東京工業大学」に「教育」を専門領域とする大学院(専攻)があることに驚く人も少なくない。

しかし、本学には、国立大学として唯一の附属工業高校があり、また、これまでに何百人もの小・中・高校の先生方が内地留学で来られた「科学教育研究室」という制度がある。また、本学でも数学、理科、情報、工業の免許が取得でき、そのために、教職科目を担当する教官がいる。社会理工学研究科人間行動システム専攻人間開発科学講座は、その教職科目を担当していた教官組織が母体となって設立されたのである。

もちろん、「東京工業大学」で「教育」の研究をするのだから、文学部や教育(あるいは教員養成系)学部とはその研究アプローチが異なる。というわけで、そのキーワードが「教育工学」である。 「教育」と「工学」とが結びつくことには、とても違和感があるという人もいるだろう。そういう人は、次のような誤った認識を持っていると考えられる。

第1に、「工学」は「ものを生産することを研究する学問」と思っている場合である。
これは、古くて狭い「工学」の定義である。こういう人は、「人をオートメーション的、画一的に教育することを目指す」のが「教育工学」だという誤解を持ちかねない。しかし、現在の、広義の「工学」の定義は、「ある事を実現するための方法・手段・システムなどを研究する」、つまり、「より良い問題解決の方法を追求する学問」というものである。したがって、教育工学は、「より良く教育目標を達成することを追求する学問と言うことができる。

第2に、「工学」は、「効率化」「最適化」を目指すものであり、「ゆとり」や「遊び」といった人間的要素を排除し、機械的で冷たい(つまり、およそ教育的でない)学問だという印象を持っている場合である。しかし、これは「より良い」といった時に、何を「良さ」の規準として採用するのか、あるいは、さまざまな「良さ」の中の何を重視するのか、という問題であり、もし、「人間性」や「楽しさ」が大事な「良さ」だとすれば、教育工学としては、それをより良く達成する方法を提供すべく研究を行うのが当たり前である。伝統的な工学の分野(例えば、建築や機械)でも、環境やアメニティ、使いやすさなど、多様な「良さ」を追求した研究が行われている。大事なことは、そういう教育的に重要な「良さ」をより的確に評価できる方法論を生み出すことであり、それによって、そのような「良さ」を追求する「教育工学」が発展していくのである。

一方、「教育工学」について、全く別の誤解をしている場合もある。例えば、教育工学は、教育機器や教育ソフトなどを開発することが目的だと思っている場合である。ここにもやはり2つの誤解が見られる。

第1に、教育工学では、確かに、教育機器や教育ソフトを開発することもある。しかし、「より良く教育目標を達成する」には、単に、ハードやソフトを提供するだけではダメである。教育は、あくまでも人を中心に考えるべきであり、人を支援する方法は、「考え方」「手順」「手法」「組織」などなど、さまざまである。したがって、「教育工学」は決して理工系の人たちだけの学問ではなく、文系の人にとっても十分に取り組める学問である。ただし、学問である以上は、その成果が広く適用可能なように一般化することが大事であったり、研究成果の積み上げが可能であることは重要である。したがって、その研究成果は何らかの厳密な記述系を用いて表現される必要がある。従来の理工学では、その手段として数学が使われたが、「教育工学」では、より柔軟な記述系としてコンピュータ処理可能な記述方法を活用する。といっても、今日では、言葉をコンピュータ上で扱うこともできるので、結局のところは、自分の研究を正しい日本語を使って厳密に記述する能力があれば、「教育工学」の研究は十分できるはずである。

第2に、教育工学が「より良く教育目標を達成することを追求する学問」である以上、単に、ハードやソフトを作っただけでは、目的が達成されたかどうかは分からないので、それだけでは研究成果があったとは言えない。つまり、教育工学では、評価が重要なのである。例えば、「コンピュータを使ったらかえって手間がかかってしまった」という経験を誰でも持っているだろう。これは、「こうなるはず」という期待と、「実際にはこうなった」という結果とには、常にズレが起こる可能性があるということである。ここが正に、「考え方」「手順」「手法」「組織」なども教育工学の成果として重要だという理由である。

「教育工学」の研究を行う上で一番重要なことは何だろうか。それは、「固定観念」を排除すること。そして、「実践」と「評価」を通じて、地道に研究成果を積み上げることである。そうそう、エジソンの残した格言がぴったりかもしれない。99%の努力(=地道な実践・評価)と、1%のひらめき(「固定観念」を打ち破るアイデア)ですな。

(松田稔樹)

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