「情報化の進展に対応する教育」の考え方

東京工業大学大学院社会理工学研究科人間行動システム専攻
松田稔樹

プレゼンテーション資料
1.「情報教育」と「教育の情報化」
 二十一世紀初頭から施行される次期学習指導要領には、小学校から高等学校まで、全ての学校段階で総則に次のような文言が盛り込まれている。(次の文言は、中学校学習指導要領のものである。)
○指導計画の作成等に当たって配慮すべき事項
・各教科等の指導に当たっては、生徒がコンピュータや情報通信ネットワークなどの情報手段を積極的に活用できるように
 するための学習活動の充実に努めるとともに、視聴覚教材や教育機器などの教材・教具の適切な活用を図ること。
 この文言を解釈するに当たっては、「情報化(の進展)に対応する教育」に、「情報教育」と「教育の情報化」との2つの側面があることを再確認しておく必要がある。「情報教育」は「情報活用能力」の育成を目標とする教育を指し、「教育の情報化」は教育方法として情報手段を活用することを指す。教育の効果を上げるためには、その目標を達成するための意図的、計画的な指導が必要である。したがって、各教科等で「情報化に対応する教育」を行う際には、教科の目標達成を意図しているのか、情報教育の目標達成を意図しているのか、その両方なのか、教師がそれを明確に意識できていなければ、教育の効果は十分に上がるものではない。
 上の文言の後半にある「視聴覚教材や教育機器などの教材・教具の適切な活用を図ること」は、現行学習指導要領にも記述されている。これは「教育の情報化」を述べたものであり、これまでも教育機器の中にはコンピュータを含めて考えていた。一方、新たに総則に盛り込まれたのが前半の文言である。ここで、「生徒が・・・情報手段を積極的に活用できるようにする」は、情報教育の目標の一部(具体的には「情報活用の実践力」)であり、前半の文言は、各教科で情報教育に取り組むことを求めたものと言うことができる。
 この他、次期学習指導要領には、総則以外に、各教科ごとの(各科目にわたる)指導計画の作成と内容の取扱いに、「コンピュータや情報通信ネットワークなどを活用して学習の効果を高めるよう工夫する」などの記述が見られる。これも、その教科の目標をより効果的に達成することが目的であり、「教育の情報化」について述べたものである。ただし、中学校の技術・家庭や高等学校の家庭、情報では、「コンピュータや情報通信ネットワーク」が教育の内容に含まれている。これは「情報教育」であり、「教育の情報化」とは区別する必要がある。
2.各教科等における「情報教育」と「教育の情報化」
 次期学習指導要領では、各教科の時間が縮減され、内容が厳選された。それにも関わらず、総則は、各教科の指導において新たに情報教育への取り組みを求めている。「それでは教科の時間がますます圧迫される」と考える人もいるかもしれない。
(1)教科での取り組みは「教育の情報化」から
 各教科で情報教育に取り組む際、最も重要なことは、その教科本来の目標達成を犠牲にしてまで情報教育を実施する必要は無いということである。無理をして情報教育をやったのでは、何のためにその教科の時間があるのか分からなくなってしまうからである。ただし、教師は、その教科の目標をより効果的に達成するためならば、あらゆる工夫や努力を惜しまず、より良い指導計画を考え、より適切な指導方法を選択すべきであることを忘れてはならない。
 例えば、数学や理科の授業では、数学的、あるいは、科学的な見方、考え方を育成するという目標に重点を置きたい場合がある。そのような目標を達成したい時でも、学習活動として、計算したり、グラフを描いたりする作業が必要になることがある。そのような場合、それは手作業でやらせるべきだろうか、それともコンピュータを活用するべきだろうか。また、計算や漢字・単語の読み書き訓練が必要な時、子ども達の学習意欲や個人差などに配慮しながら全ての子ども達に目標達成させるには、どのような手段を用いて指導するのが適切だろうか。農村部で生活している子ども達に、都市部の人たちの生活スタイルや消費行動を理解させたり、環境問題や進路選択、福祉問題への考え方が自分達と同じか、違うのかを調べさせるには、教科書や世論調査、新聞の切り抜きなどの資料だけで十分だろうか。それとも、情報通信ネットワークを使って、実際に都市部で生活しているさまざまな人から生の声を集めたり、意見交換することが効果的であろうか。英作文の練習をする時、問題集で練習したり、同じクラスの生徒同士で文章の添削をする学習活動を行うのと、外国の同年齢の子ども達と文通したり、テーマを決めて議論するために英作文するのとでは、どちらが子ども達の興味・関心を高め、実践的コミュニケーション能力を高めるであろうか。
 指導計画を考える時、教師は、「その教科の目標をより効果的に達成する」という問題解決を求められている。その際、あらゆる工夫や努力の一つとして、「目的に応じて情報手段を適切に活用することを含めて」検討する必要がある。「目的に応じて」であるから、常に使おうとか、無理に使おうとするのは「適切に活用する」こととは言えない。使うのが効果的な時には当たり前のように使い、他により良い方法がある時には決して使うべきではない。それを適切に判断できることこそが、教師の力量ということになる。
 以上に述べてきたことは、情報化に対応した教育のうち、教育の情報化の側面である。各教科において教育の情報化を考えることは、その教科の目標をより効果的に達成する上で不可欠な観点である。次期学習指導要領の施行に向けて、今後の授業のあり方を検討する際には、この観点を忘れるべきではない。
(2)「教育の情報化」と「情報教育」との統合
 教育の情報化の観点から情報手段の活用を考えれば、必然的に授業でコンピュータや情報通信ネットワークを活用する場面が出てくる。そして、従来は、コンピュータや情報通信ネットワークを使ってさえいれば、それで情報教育を行っていると考えがちだった。しかし、最初に述べた通り、教育の効果を上げるには、明確な目標設定と、その達成に向けた意図的、計画的指導が必要である。「機会さえ与えれば学習できるはずだ」というのは、目標達成の責任を子ども達に転嫁するものであり、それでは教育とは言えないであろう。
 教育の情報化と情報教育とを意識して区別する必要があるのは、教師の役割が重要だからであり、情報教育の目標達成には、教師の意識的な働きかけが不可欠だからである。裏返せば、教育の情報化と情報教育との区別が重要なのは、教師の意識レベルの問題ということになる。実際、各教科において情報教育を行う場面は、教育の情報化と統合される可能性が高い。大事なことは、その時、教師が意識して子ども達に次のような問いかけをすることである。
 【学習活動の前に】
  ・この学習(や課題解決)の目的は何か
  ・この学習(や課題解決)にはどんな情報が必要であり、それをどう処理したり、活用したりする必要があるか
  ・そのために、コンピュータや情報通信ネットワークを活用した方が効果的かどうか、またその理由は何か
  ・活用した方が効果的だとすれば、どう活用するとより効果があるか
 【活動の終わりに】
  ・活用の効果があったか無かったか、その理由は何か
 教師は、「教科の目標をより効果的に達成するために、情報手段を適切に活用すること」を検討し、その結果、その授業で情報手段を活用しようと考えたはずである。(中等教育段階の)各教科における情報教育とは、そのことを子ども達にも一緒に考えさせることに他ならない。たったそれだけのことと思われるかも知れない。しかし、「なぜ情報手段を使うのか」ということが子ども達に意識されないままで、真に「情報活用の実践力」が育成できるだろうか。
 逆に、「情報手段を活用すべきかどうか」という問いかけが子ども達に意識されたならば、子ども達は「この学習(や課題解決)の目的は何か」「この学習(や課題解決)はどうすればより効果的に行えるのか」といったことを考えざるをえない。そのことが、自己学習力や問題解決力の育成につながり、「生きる力」の育成につながるはずである。「生きる力」の育成を目指す次期学習指導要領では、各教科で、問題解決力や自己学習力の育成に重点を置いた授業が行われるはずである。その時、それらの目標をより効果的に達成するために、教育の情報化と情報教育の観点を統合して取り入れることを検討してみるべきである。
3.「学校の情報化」に向けて
 「情報化に対応する教育」を実現する環境整備として、「学校の情報化」が急ピッチで進んでいる。ただし、表1、2に示す通り、ハード面の対応に比較して、ソフト面の遅れが目立つ。
表1.コンピュータの所有状況の変化とインターネット接続状況
(文部省「学校における情報教育の実態等に関する調査」より)
平成元年3月 平成12年3月 Iネット接続率
小 学 校
中 学 校
高等学校
21.0%( 3.0台)
44.8%( 4.2台)
96.3%(25.5台)
98.9%(15.7台)
100%(36.8台)
100%(81.9台)  
   48.7%
   67.8%
   80.1%  
    ※Iネット(インターネット)接続率は平成12年3月
表2.コンピュータを操作/指導できる教員の割合の変化(同調査)
操作:指導(平成元年3月) 操作:指導(平成12年3月)
小 学 校
中 学 校
高等学校  
  7.6% : 1.5%
  14.4% : 3.7%
  30.2% : 13.4%  
  63.0% : 36.5%
  67.2% : 29.7%
  73.8% : 28.1%  
 文部省が定義している「情報活用能力」では、「情報活用の実践力」「情報の科学的な理解」「情報社会に参画する態度」の3つをその具体的な柱としている。そして、機器操作の習得は、「なお,実際の学習活動では,情報手段を具体的に活用する体験が必要であり,必要最小限の基本操作の習得にも配慮する必要がある」として、本質的な目標の外に置いている。表2を見れば分かる通り,機器を操作できることと,自分の抱えている問題に情報技術を活用できることとの間には,埋めるべき大きな溝がある。情報教育の本質は,この部分を埋めることにあり、情報化に対応するための教員研修のあり方も、このような観点から見直す必要性がある。
 それでは、機器操作の修得と情報活用とのギャップは,どのように埋めればよいか。ここで大事なことが、2にも述べた「課題や目的に応じた情報手段の適切な選択・活用」である。情報手段は,「目的や条件」に応じて使うべきであり,状況によっては,使う必要の無い場合や,使わない方がいい場合もある。「適切に活用する」には,この判断が前提になる。また,当該の問題における情報技術の活用が自分の手に負えることか,専門家に任せるべきことかも適切に判断する必要がある。例えば,「学校の情報化」という課題において,何でも教師に対応を求めるのは適切な判断と言えるだろうか。施設・設備の管理・運用等において,専門家に任せるべきところは無いだろうか。本来専門家に任せるべきことを教育の専門家である教師に求め,期待する成果が上がらなければ,教師に責任を求める前に,その決定過程に問題が無かったかを考えるべきである。この点について、学校長と教育委員会等との連携が必要である。
 なお、「情報活用の実践力」では,「受け手の状況を踏まえる」ことも強調されている。例えば,情報技術を活用した方が子ども達の学習に効果がある場面では,教師は自分の好き嫌いを抜きにして,情報技術を適切に活用する「思いやり」が必要である(この場合、子ども達に「思いやり」を求めるのは、主客転倒と言わざるを得ない)。実際に使う/使わないは、状況に応じた判断が必要であるが、少なくとも「情報手段の活用」を代替案の一つとして身につけるべく、研修を積む必要があることは言うまでもないであろう。そして、そのためにも、教師が身につけるべき情報活用能力を厳選し、2に述べたような「授業の設計・実施能力」の観点から研修カリキュラムを構成する必要がある。
参考文献
・情報化の進展に対応した初等中等教育における情報教育の推進等に関する調査研究協力者会議「情報化の進展に対応した教育環境の実現に向けて(協力者会議最終報告)」文部省、1998